あることがきっかけで、最近いくつかの書店のマンガ棚を久々にじっくり眺めている。
お店ごとにプッシュしている作家が違い、それぞれの個性が出て面白い。その中で、いくつかの書店で平積みになっていた作品を買ってみた。
ぼくらの1,2巻(鬼頭莫宏:小学館)
コミックビームと並び、今新しい波を起こせる希有なコミック誌、IKKIに連載中。
ザ・ムーンという旧作がある。作家はジョージ秋山。ロボットものが流行した72-73年に少年サンデーに連載されたが、その内容はかなり異色。9人の少年少女が力を合わせて一体のロボット「ザ・ムーン」を操縦し、敵を倒していくのだけど、9人の心が一つになっていないとザ・ムーンは動かない。一人でも欠けているとダメ。なので、敵も男子一人の気をそごうと、彼にかわいい子をあてがったりとかしている。敵方も明確な悪者ではなく、「正義」を標榜するあたりが先進的。ラストは衝撃的で、読み終わったときに呆然としたことを覚えている。
「ぼくらの」は、この異色作「ザ・ムーン」を下敷きにしている。14人の少年少女が巨大ロボットを操縦すること、そのロボットの名前が「ジアス(ジ・アースの意)」ということ、そして、ロボットの顔面にあるスリットのランプが一人一人を表していること、など。
しかし、決定的に違うことがある。それは、ザ・ムーンが9人全員で力を合わせて操縦したのに対し、ジアスはその中の一人が毎回選ばれて操縦すること。(次回は必ず別人が操縦する)。そして、ザ・ムーンが果てしない敵と戦わなければならなかったのに対し、ジアスは最初にルールが決められており、全部で15体の敵を倒せばゲーム終了となるということだ。どちらも現代的といえばきわめて現代的な違いではある。
この作品は、単なる戦闘ものでは、全くない。
子供達にはあまりに過酷なルールが適用されており、彼らはいやが応にも「生と死」に直面させられる。
そして、彼らは地球を、友を、家族を命がけで守るということがどういう意味を持つのか、真剣に悩み、考え、彼らなりの結論を出して戦いの場に臨む。その結果、戦闘終了後の悲劇はつらく、胸が痛む。
今のままでも、かなりレベルの高い作品なんだけど、このままの流れでストーリーは進みはしない。だってそれでは悲劇的すぎるから。途中で「理不尽な本当の敵との戦い」に発展するに違いない。そのとき、この作品は単なる良い作品から傑作になると予感している。
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